野呂栄太郎の明治維新観

野呂栄太郎「日本資本主義発達の歴史的諸条件」『初版日本資本主義発達史 上 (岩波文庫 青 136-1)』より
(1928年『マルクス主義講座』第五・七・一三巻)

1.明治維新の革命的意義
明治維新は政治革命であったとともに、封建的生産関係に対して資本的生産関係の支配的展開への端緒を形成する所の社会変革であった。とはいえ、直ちにブルジョア革命を意味するものではなかった*1

2.明治変革の推進力ー資本主義発達の諸前提条件
(1)封建的所有関係の分解
勧農策による小規模農業の生産力増進は、農業人口の相対的過剰を生じさせ、農民の農村離脱、棄児・堕胎によって封建制の基礎である農村人口を漸次減少させた。また、生産規模を拡大することができた少数の富農に生活資料と生産手段が集中し、それらを失った者たちは農業労働者あるいは小作農に転化するか、都市に移住するようになりつつあった。そして、交通の発達、商品および貨幣流通の増加の結果、貨幣の支配権は、徐々に一部商人の掌中に集積されつつあった。集積された商人資本が、労働力の購買者として現れるために、封建的所有関係の排除を必要とした。
(2)封建的諸対立闘争の尖鋭化

  • 農民と封建的支配者との対立

百姓一揆。堕胎・棄児、農村離脱によって農村人口が減退し、浮浪民および都市における無産者が増大した。

  • 大商人および高利貸と封建的支配者の対立

全国的交通路およびその要路の諸都市の発達と江戸への人口集中等々により、国内商品市場は急速に拡大し、封建支配者をますます彼らの支配の外部にある商品経済に依存せざるをえなくした。

  • 封建的支配者の下層部分の上層部分に対する対立抗争

自作農の分解と商品経済の発達は、幕府および諸藩の財政を逼迫し、その封建制度の内在的諸矛盾は、下級非職の武士の生活の上に最も集中的に転化された。直接的封建的生産関係に入り込んでいなかった下級武士は、直接生産者と対立すべき経済的根拠を持たないために封建的所有関係の揚棄は当面の痛痒時ではなく、封建的諸対立の集中的表現として、諸外国の敵対的認識による国民的統一意識の覚醒の結果を通して、漸次、政治的対立闘争にまで発展した。

  • 王朝的絶対勢力と封建的支配勢力(幕府)との対立

王朝的絶対勢力それ自体としては、反動的であり、封建制度揚棄する何の物質力も持っていなかったが、農民および下級武士の諸対立闘争と直接間接に結合することによって、それらの諸対立が、意識的無意識的に目指していたところの、政治戦術的表現になり得た時にのみ、封建制度揚棄の物質力となった。よって、尊王論は、封建制度に内在する諸矛盾発展の最も集中的、政治的表現である下級武士および浪人の政治革命的スローガンとして初めて実践的意義を獲得し得た。
(3)資本家的生産様式採用の強制
資本制諸国の開港要求、すなわち資本家的生産様式採用の強制を契機として、緩慢ながら封建制度の胎内に成長しつつあった封建制度崩壊の客観的・主観的条件は急速に成熟し、明治維新の革命的変革の時期を促進した。

3.明治維新の変革は日本資本主義をいかに特徴づけたか?
資本家および「資本家的」地主を支配者の地位に即かせるための「封建的生産様式の資本家的生産様式への転化過程」が、先進資本制諸列強国の強い影響の下に、主に絶対的専制的諸勢力の政治権力の行使によって、温室的に助長されたことは、日本資本主義の発達過程を濃厚に特色づけている。

1月23日見出し変更、加筆、2月1日註加筆

*1:前著id:negrict:20050114で事実上ブルジョア革命と規定したのを翻したとはいえ、野呂の明治維新把握は、上記の内容を見れば未だにブルジョア革命に限りなく近い。なお、ブルジョア革命の不徹底の理由は、プロレタリアートの急速な生長による農民社会の分化、「産業革命」の急激な発展と専制勢力のブルジョア化および地主の二重性(資本主義的自由契約に仮装された封建的「経済外的強制」)、世界資本主義の自由主義より帝国主義への移行によるとしている。