過剰資本と過剰労働力の同時併存

 労働力に対する需要増加に伴う労働賃金の騰貴は、一般物価の騰貴と異なって、資本の利潤そのものに対抗し利潤率を実質的に浸食する騰貴である。それは賃金が騰貴したから商品の価格を引き上げ得るという性質のものではない。元来、賃金として支払われる価値は、その労働によって形成される商品の価値とは全く関係のないものである。(・・・)労働力は労働者の手にあってこそ商品として価値を有するものともなるのであるが、資本家の手に渡るともはや商品ではなく、それ自身には価値を有するものではない。資本家も買入れた労働力は商品として再び売るわけにはゆかない。生産過程に消費して価値を形成する労働として実現する外はないのである*1。/投機的買付による一般物価の騰貴は、勿論、賃金に騰貴による労働者の消費分の実質的増加をそれだけ削減するのであって、直ちに利潤率を低下せしめることにはならない。(・・・)しかしそれがために生ずる資金の需要増加は、現実に商品の販売によって充足せられないために利子率をますます騰貴せしめずにはおかない。(・・・)かくて商品の売却によってその支払いをなさざるを得なくなると、投機的に釣上げられた価格は反動的に急激に下落して、想定された利潤率は現実的に極度の低落を見ることになり、支払不能に陥らざるを得ない。そこに恐慌現象を生ずるのである(宇野弘蔵「恐慌論」、P78〜79)。

*1:「「労働力」とは商品以外の何ものでもなく、「労働力が商品になる」のではない。つまり、「労働力」という概念には貨幣形態がひそんでいる」(柄谷行人マルクスその可能性の中心 (講談社学術文庫)』、p83)、「賃金は労働力の価値と同じものであるようにみえる。しかし労働力の価値は単独に切りはなされて存するのではなく、他の商品との関係においてのみ存在するのである」(同上、p72)